スペシャル・トレンドレポート

英中銀が利上げをしなかった事情(松崎 美子氏)

2021年11月10日

11月4日、英中銀金融政策理事会(以下、MPC)は、マーケット予想を裏切り、政策金利を0.1%で据え置いた。この結果を受け、地元英国ではかなりキツイ表現を使った報道が目立つ。

その中で最も目についたのが、shambolicという単語である。日本で英語教育を受けた私たちは習わなかったが、英国ではかなり頻繁に使われる単語である。もともとはshamblesという名詞があり、その形容詞がshambolicとなる。意味としては、「カオス・めちゃくちゃ・修羅場・混乱」などで、良い意味では使われない。

そのshambolicな英中銀、果たして12月の次期MPCで利上げに踏み切るのか?今回はそれについて考えてみたい。

据え置き決定の理由

MPC翌日の金曜日、MPC理事9名のうち、4名が一斉に「事後説明」に動いた。まずそれらの要点をまとめてみよう。

ベイリー総裁 「据え置き」

10月17日に行ったスピーチで、ベイリー総裁は「利上げはほぼ確実」と受け取れる発言をした。11月4日は当然、利上げ票を投じると思われたが、据え置きを選んだため、前任のカーニー総裁のあだ名であった「当てにならないボーイフレンド第二弾」というタイトルでの報道が続いている。

同総裁はMPC翌日の金曜日、BBCラジオのインタビューに応じ、「我々は利上げを放棄した訳ではなく、個人的にも政策金利は引き上げられるべきであるという考えに変わりはない。しかし今回の決定は、労働市場内容を見極めての決定となった。」と説明している。

ラムズデン副総裁 「利上げ」

11月4日に利上げ票を入れたラムズデン副総裁。この方は、「インフレ見通しは歴史的な水準と比較して大きく上昇している。そして労働市場もタイトになってきているようだ。英中銀としては、インフレ見通しを中銀のインフレ目標近くに安定させるためにも、利上げが必要という考えである。」と述べている。

ピル主席エコノミスト 「据え置き」

10月下旬のFT紙のインタビューでは、「今後インフレ率は5%を超える可能性があり、そのような状況で、英中銀が指をくわえて見ているだけということは出来ない。」と、いかにも利上げ票を入れそうな発言をしていた。

MPC翌日の金曜日には、「今回の決定は紙一重であった。MPC理事たちの間では、このような状況が続くのであれば、どこかの時点で政策金利の引き上げに動かなければならないという認識がある。英国での賃金上昇基調は、パンデミック前よりも顕著であり、このまま行けば、アメリカやユーロ圏を抜くだろう。ただ、現在については、英国の景気回復のモメンタムが失速していることが、非常に気がかりである。」と語っている。

テンレイロ理事 「据え置き」

MPC理事の中でもハト派として知られるテンレイロ理事。金曜日の発言では、「英国経済はパンデミック前と比較して、縮小したままであり、利上げのアプローチには慎重になるべきであろう。英中銀に限らず、世界の中銀は、目の前のインフレ上昇と経済支援としての緩和策の継続との間に挟まれており、慎重にバランスを取らなくてはいけない。」とかなり慎重な姿勢を見せた。

ただし、その中で私の目を引いた発言は、「エネルギー価格の上昇については、中銀として何も出来ない。しかし、賃金が上昇した時、話しは変わってくる。中銀として賃金上昇が顕著となる局面が来れば、その時は動かざるを得ないだろう。」

ハト派の理事であるが、やる時はやるという決意が感じられた。

決め手は給与補償終了後の動きか?

先週金曜日の理事たちの発言を総合すると、今後の利上げ判断は、労働市場の様子を見ながらの決定となることは間違いなさそうである。

特に、英国では9月末で給与80%補償制度が終了した。終了に先駆け、英統計局はコロナウイルス雇用維持制度(Coronavirus Job Retention Scheme (CJRS)のデータを元に、給与補償取得者についての報告書を9月2日に発表した。

https://www.ons.gov.uk/businessindustryandtrade/business/businessservices/articles/comparisonoffurloughedjobsdata/march2020tojune2021

このチャートは、この報告書に載っていたデータを使い私自身が作成した「給与補償を受けていた労働者の比率」を表したものであるが、使用したデータは2020年3月23日から今年8月8日までのものとなっている。

出典:英統計局(0NS) 2021年9月2日発表
https://www.ons.gov.uk/businessindustryandtrade/business/businessservices/articles/comparisonoffurloughedjobsdata/march2020tojune2021

最も補償制度の利用者が多かった時には、全労働者の約30%が制度を利用していた。しかし最新の数字では6.7%まで減少している。

この「最後の最後まで補償制度を利用していた人たち」の数が、推定90〜140万人と言われており、この人たちがどういう選択をするのかに注目が集まっている。

再就職に焦っていない補償制度利用者

11月2日のロイターでは、日本でも「仕事探しはインディード」でお馴染みのIndeedが実施した調査結果を紹介し、「補償制度を利用していた人たちは、再就職を焦っていない」というタイトルの記事を載せている。

https://www.reuters.com/world/uk/exclusive-no-rush-job-seekers-after-end-uk-furlough-survey-shows-2021-11-02/

出典:Indeed UK
https://www.hiringlab.org/uk/blog/2021/11/05/job-search-survey-october-2021/

緑色のグラフが最新の10月調査結果であるが、補償制度が終了しているのに特筆すべき変化が見当たらない。

10月末に英財務省が発表した秋季予算報告を見ると、補償制度終了後には、失業者が大幅に増え、現在4.5%の失業率は年末までに5.25%まで悪化するという予想が出された。しかし補償制度終了後にもかかわらず就活していない人が50%近くもいるということは、失業者の増加には繋がらず、英中銀の利上げ準備が整う可能性が高いとも言える。

英国の雇用統計にも注目しよう!

次回の英中銀MPCは、12月16日に開催される。それまでに、英国での雇用統計発表は、2回。

11月16日と12月14日 それぞれ英国時間午前7時(日本時間16時)。

https://www.ons.gov.uk/releases/uklabourmarketnovember2021

https://www.ons.gov.uk/releases/uklabourmarketdecember2021

日本では賃金上昇率がほとんど見過ごされているが、今後は絶対に外せない指標の一つとなる。くれぐれも失業率だけチェックして終わりということがないようにお願いしたい。

ちなみに、こちらのチャートは私が作成した英国のCPI 消費者物価指数(赤線)・ボーナスを含む賃金上昇率(水色)・ボーナスを除く賃金上昇率(黄緑)で、全て前年比の数字である。英中銀インフレ目標2%に黒く太い横線を、そこから±1%のバンドに細い横線を入れた。

賃金上昇率がとんでもないレベルまで上昇しているのがわかる。

出典:英統計局(ONS)
https://www.ons.gov.uk/employmentandlabourmarket/peopleinwork/employmentandemployeetypes/bulletins/uklabourmarket/october2021

ここからのマーケット

ポンド取引の注意点

11月4日英中銀MPCでの据え置き決定を受け、ポンドは大きく下落した。それだけマーケットの思惑とは裏腹な結果となったということだ。

据え置き発表が出るまでのポンドは、英国のマクロ経済面での不振というネガティブ要因と、利上げ期待というポジティブ要因とで、ギリギリの均衡を保っていたと私は認識している。その均衡が崩れポンドは急落したが、ここからはどうであろう。

最初の注目点は、11月16日に発表される雇用統計結果である。内容が良ければ、12月利上げ期待が高まり、ポンドにとってはサポート要因となる。特に失業率が悪化せず、賃金上昇率も大きく下がらなければ、最もポジティブかもしれない。

逆に、失業率が急激に悪化すれば、12月利上げ期待は大きく後退し、ポンドにとっては新たなネガティブ材料が加わる。

経済指標以外では、ポンドを取引するのであれば、中銀関係者の発言は絶対に見落とさない覚悟が必要であることは、わざわざ繰り返すまでもないだろう。

際どいレベルまで来たユーロ/スイスフラン

ポンドと関係ない通貨ペアになってしまうが、ユーロ/スイスフランのチャートがかなりマズイところまで来ている。

2020年の1.05台の安値までユーロ安/スイスフラン高が進んでおり、このレベルのサポートに失敗すれば、黄色いハイライトを入れた 1.02〜1.05という歴史的スイスフラン高の水準に突入する。

当然、スイス中銀がスイスフラン売りの介入をしてくると思うが、何かの拍子に1.05が下抜けし下落加速となってしまった場合は、ユーロ安の動きが他のユーロ・クロスに波及するかもしれない。ユーロ円取引をする人は、十分すぎるほど気をつけて欲しい。

松崎 美子氏プロフィール

松崎 美子(まつざき よしこ)
ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話を聞き、早速証拠金取引開始。

本記事は2021年11月10日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、松崎美子氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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