スペシャル・トレンドレポート

スタグフレーション懸念が台頭してきた英国(松崎 美子氏)

2021年10月6日

英国経済が八方塞がりになりかけてきている。サプライチェーンの逼迫による影響は英国だけでなく世界的な現象だが、英国の場合はそこにBrexitが重なってきたので大変だ。

今回のコラムでは、先週から一気に高まってきたスタグフレーションのリスクについて書いてみたいと思う。

英国を襲う三重苦

現在、英国経済を苦しめている要因は、以下の3点が挙げられる。

①サプライチェーンの逼迫(以下、供給ボトルネック)

今年の春から話題になっている供給ボトルネック問題。初期段階の頃は、各国におけるロックダウン解除のタイミングがバラバラになってしまい、運輸行程で問題が発生した。しかし、この頃から各国でのワクチン接種スピードが早まった事もあり、そこまで深刻には受け止められていなかった。

その直後、今度はデルタ変異種が世界的に拡大し、ロックダウンに逆戻りする国も出てきたため、運転手不足や国境閉鎖などの問題が、より一層深刻化された。

夏の終わり頃には、各国がワクチンパスポート制の導入などに動いたことを受け、これでやっと経済がスムーズに動くと期待したが、半導体不足や原材料不足などの深刻化は手がつけられない状態になっており、現在に至っている。

②Brexitの影響

英国特有の問題として、Brexitが挙げられる。英国が正式にEUを離脱した時、約10万人のヨーロッパ出身の運転手たちが英国を去ったと言われている。当然だが、物品を運んでくる人数(トラック数)が減ったことを受け、英国スーパーで販売される食品の7割を占めるヨーロッパからの物流が滞り、スーパーの棚から徐々に食料品が消えていった。もちろん2016年国民投票前には、将来的にこういう問題に直面するリスクが存在することは、何も知らされていない。

9月に入ると食糧不足が顕著となり、保存が効く商品がスーパーの棚からどんどん姿を消していった。この写真は私がいつも行くスーパーで撮ったものだが、2枚目はそのスーパーからの「お詫び」であり、そこには「供給が追いつかなく、お客様にはご迷惑をおかけしています。我々は全力を尽くしお客様のご迷惑にならないよう、商品の充実に努力して参りますので、もう少々お待ちください。」と書かれている。

そうこうしているうちに、さらに厄介な問題が起きた。9月最後の週末に英国大手:BP(英国石油)幹部が、「来週からガソリンスタンドでのガソリン販売が若干少なくなるかもしれない。」と発言したことをきっかけに、ガソリン危機パニックが始まったのである。これは、石油在庫の問題ではなく、備蓄場所からガソリンスタンドに輸送する大型トラックの運転手が足りなくなったことから始まった。

すでに食料危機で神経質になっている国民は、我先にと最寄りのガソリンスタンドで給油を始めた。多くのスタンドでは、2〜3キロの行列は当たり前で、数日後には供給が追いつかず閉鎖に追い込まれたスタンドが過半数以上にのぼっている。

このガソリン危機パニックは現在進行中であり、解決の目処が立っていない。ボリス・ジョンソン首相(以下、ボリス)は東欧を中心に5000人の大型トラック運転手に特別労働ビザを発行すると発表したが、運転手不足は欧州大陸でも同様で、わざわざ英国に戻ってくる人はいないそうだ。

このまま放置するわけには行かず、ボリスは軍を出動し、大型トラック運転が出来そうな軍人をトレーニングしているとも伝えられている。

③物価高

供給ボトルネックの影響で、原材料価格が高騰、それが生産者価格の引き上げに繋がり、とうとう小売価格にも影響が出てきた。それに加え、今年の秋から電気ガス料金が平均12〜13%値上げすると発表があった。私の友達の家には、「電気・ガス代は秋から平均28〜36%の値上げに踏み切ります。」と供給会社からメールが来ており、12〜13%で済むわけでもないようだ。

実際に、9月23日に開催された英中銀金融政策理事会の議事要旨では、以下のように書かれている。

「37) Around half of the near-term projected above-target inflation was expected to be accounted for by elevated energy price inflation. The projected contribution of energy prices from October 2021 reflected a base effect as well as Ofgem’s most recent announced increases in the standard variable tariff caps on retail gas and electricity prices. Spot and forward wholesale gas prices had risen materially since the publication of the August Report, against a backdrop of strong demand and some supply disruption. This could represent a significant upside risk to the MPC’s inflation projection from April 2022, when Ofgem next updated its retail energy price caps based on the relevant forward contracts, and meant that CPI inflation would remain slightly into 4% until 2022 Q2, all else equal.」

どういう事かと言うと、最近のインフレ率上昇の半分くらいの要因は、エネルギー価格の上昇に起因している。ここまでは、ある程度予想はつくが、そのあとの文章が恐ろしい。

「8月に英中銀四半期金融政策報告書を発表して以来、ガス価格の高騰が続いている。Ofgem(英国 電力・ガス市場規制庁)の次回のガス電気料金見直しが実施される2022年4月には、相当大きな価格調整があると予想される。その場合、2022年4月以降の英中銀のインフレ見通しにおいては、少なくとも2022年第2四半期までは、CPIが4%を越える状況が続くかもしれない。」

今までの英中銀の予想としては、今年の年末~来年初期にインフレ率は4%を越え、その後 速やかに下がるという内容であった。しかし、秋と来年4月のガス代見直しをきっかけに、4%を超える時期が長期化すると警告しているのだ。最近のガス危機を考慮すると、4%をちょっとだけ超えるのではなく、アグレッシブに超えてしまうリスクも念頭に置くべきであろう。

https://www.bankofengland.co.uk/monetary-policy-summary-and-minutes/2021/september-2021

ちなみにこの突然のガス代高騰の影響を受け、英国では小規模な地方の電気ガス会社5社が既に倒産に追い込まれている。

英中銀利上げ観測

9月30日のブルームバーグの記事である。

https://www.bloomberg.com/news/articles/2021-09-30/money-markets-see-boe-hiking-key-rate-to-0-75-by-december-2022?cmpid=BBBXT093021_BIZ&utm_medium=email&utm_source=newsletter&utm_term=210930&utm_campaign=brexit&sref=T717SK4D

最近の供給ボトルネックや電気ガス代値上げを受け、金利先物市場では、2022年に最大3回の利上げを織り込もうとしている。つまり、マーケットは、英国が直面しているガソリン危機パニックや供給ボトルネックによる工場の一部閉鎖などによる景気減速懸念よりも、インフレ上昇に焦点を合わせていると言うことであろう。

金利先物市場では、2022年12月末までに 65bps程度の利上げを予想しており、もしこれが現実に起きた場合、来年末の英国の政策金利は「0.75%」になる。

65bps利上げのタイミングとしては、

15bps → 2022年2月
25bps → 2022年6月
25bps → 2022年12月

ECB年次フォーラム: ベイリー英中銀総裁

9月28/29日に開催されたポルトガル・シントラでのECB年次フォーラムでのパネルディスカッションで、ベイリー英中銀総裁はこう語った。

「ここに来て、英国の経済回復は、うまくバランスが取れていないように感じる。サプライチェーンの逼迫が非常に良くない状況となっており、これは英国だけでなく世界的な現象にもなってきている。金融政策が景気拡大の手助けができる事は十分に理解しているが、金融政策を使って半導体を作ることはできないし、風力発電の手助けもできない事は当たり前であるが、こういう点は見逃されている。今後の展開次第であるが、英国中銀としては、金融政策の方向性を変更する場合は利上げと言う手段を選ぶことになるだろう。ただし、次回11月の英中銀金融政策理事会で何かをすると言う早まった判断は控えるべきだ。金融政策の方向性を変えることをあまりにも早まる事は、考えものだ。英国の景気回復に有害な影響を与えかねない。私自身としては、英国経済がパンデミック前のレベルに戻るのは、来年上半期と予想している。もしかしたら、さらに1〜2ヵ月遅れ 8月にズレ込むかもしれない。」

夏頃の発言と比較すると、ややトーンダウンしたと私は感じた。

製造業PMI 改定値

9月30日に発表された英・9月製造業PMI改定値。この発表で、マークイット社のエコノミストがはじめて「スタグフレーション」という指摘をして以来、一気に英国のスタグフレーション・リスクが台頭して来た。

https://www.markiteconomics.com/Public/Home/PressRelease/37d95808c6704707b8d950c393e602a7

製造業PMI
8月 60.3 → 9月速報値 56.3 → 9月改定値  57.1

肝心のマークイット社のエコノミスト弁は、以下の通りである。

「9月製造業PMIを見ると、英国の製造業セクターでは、生産高と新規オーダーが大きく減少する中、仕入れ価格や小売価格が著しく上昇していることがわかった。これは、将来的にスタグフレーションとなるリスクをはらんでいる。
英国の製造業関連企業は、新規オーダーの減少、原材料/部品等の不足、航空/道路の運送の遅延、従業員不足、Brexit、仕入れ価格の急激な上昇、ガソリン不足など、幾重にもわたる障害に直面している。
サプライチェーン逼迫の歪みが原因で、小売価格を引き上げざるを得ず、これが消費者の財布を直撃している。それと並行し、根本的な労働力不足と、技術を持った職員のリクルートが難しいままである。
これらの問題の解決策が見つからない今、製造業の中でも特に中小企業は(大企業と比較して) 柔軟に対応することが難しく、企業としての糊代も少ないため、今後秋から冬に向け、さらに苦労する様子が見受けられる。」

ここからのポンド

色々な危機が重なり、景気先行き見通しが悲観的になっている中、物価だけは上がり続けている英国。教科書通りの動きを期待するのであれば、物価高が行き過ぎないよう、英中銀は早め早めの対応を迫られ、早期の利上げが期待される。と言うのも、金融政策の対応が後手に廻ってしまうと、将来の利上げがアグレッシブにならざるを得ず、経済や企業が対応できなくなるからだ。

しかし、英国経済の8割を占めるサービス業の回復スピードは予想よりも遅く、秋以降のパンデミックの展開が全く予想もつかない中での利上げは、英国経済を大きく毀損するに違いない。このジレンマを英中銀はどう解決するのだろうか?

少なくとも最近のマーケットの動きを見る限り、投資家たちはここからの英国経済に対する自信をなくし、マークイット社のいうようにスタグフレーションのリスクを織り込み始めているのかもしれない。

そこではまず英中銀が発表しているポンド実効レートをチェックしてみよう。このチャートは、2020年からのものである。先週のポンド下落により、黄緑のサポートが抜け、次のターゲットとしては赤い線が通る過去のレジスタンス:79.30/50台が意識される。

出典: 英中銀
https://www.bankofengland.co.uk/boeapps/database/fromshowcolumns.asp?Travel=NIxAZxSUx&FromSeries=1&ToSeries=50&DAT=RNG&FD=1&FM=Jan&FY=2020&TD=31&TM=Dec&TY=2021&FNY=Y&CSVF=TT&html.x=66&html.y=26&SeriesCodes=XUDLBK67&UsingCodes=Y&Filter=N&title=XUDLBK67&VPD=Y

次のチャートは、ユーロ/ポンド日足にベガス・トンネル(144/169EMA)を載せたものである。

現在、日足チャートではベガス・トンネルは0.8610/30台を通っている。ここが上に抜けたら、ユーロ高/ポンド安の動きに拍車がかかるような気がしてならない。その場合は、最初のターゲットとして水色の横線を引いた0.8714を意識している。たぶんこの時には、ポンド実効レートも79.30台くらいに下げていることであろう。

松崎 美子氏プロフィール

松崎 美子(まつざき よしこ)
ロンドン在住の元為替ディーラー。東京でスイス系銀行Dealing Roomで見習いトレイダーとしてスタート。18カ月後に渡英決定。1989年よりロンドン・シティーにあるバークレイズ銀行本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年シティーにある米系投資銀行に転職。その後、憧れの専業主婦をしたが時間をもてあまし気味。英系銀行の元同僚と飲みに行き、証拠金取引の話を聞き、早速証拠金取引開始。

本記事は2021年10月6日に掲載されたもので、情報提供のみを目的としております。
記事の内容は、松崎美子氏の個人的な見解かつ、掲載当日のものになるため、今後の見通しについての結果や情報の公正性、正確性、妥当性、完全性等を明示的にも、黙示的にも一切保証するものではありません。また、記事内のデータは、あくまでも過去の実績であり、将来の市場環境の変動などを保証するものではありません。
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